雨洗 空斎

雨洗 空斎(うせん くうさい、Usen Coosai)

 

己の生涯を端的に振り返るってみると、確かに十歳毎に区切りらしきモノがある。

 

因みに十歳までは無邪気に遊び呆けていたが、苛めっ子からのイジメもそれなりに経験しながら、どう云うわけか一目置かれていた。

 

多感な十代は母親の仕事の手伝いに明け暮れていたので、甘酸っぱい思春期なんてもんとは縁がなく、勉強らしきモノも其れなりに高校入学の為だけの勉学の真似事のみ。高校の三年間はアルバイトに励み成績等うんぬんの記憶は無い。

 

どういう訳か自動車会社に就職したが、ココでやっと自分の目指す方向に気がつき専門学校に辿り着きデザインの勉強らしきモノを始めたが、周りの地方から出てきたお坊ちゃんお嬢ちゃんとは折が合わず、折角の勉強も途中下車して再度就職、適当に其れなりの履歴を語り実社会でデザイナー学問を学ぶ。

 

更には就職した先でアルバイトに精を出し過ぎ、その事を毛嫌いしているワンマン社長に諌められ体良くクビに成り、独立などと煽てられその気に成って独立し、青山の友人のアパートに転がりこんだ結果、友人が其処を出て行く事に成りと、自ら波乱万丈の二十代で社会勉強をしながら色々経験し結婚までしてしまい二人の子供も誕生するなど行き当たりばったり臨機応変の三十年。

 

三十代では、世の中解ったつもりでゴルフや仕事に明け暮れ、結果、四十代で一時仕事行き詰まりながらも、不可思議な縁の出会いと遭遇し、いつの間にか五十代に突入した矢先に病気で思い知らされ乍ら、大きな意味で挫折を経験。

 

六十年間の体験と失敗を活かし、六十歳で知り合った三回り以上の年長者永井老師との遭遇から生身の尊敬出来る達人を知り、北斎と悟りをテーマにした執筆活動に取り組んでいる、雨洗空斎六十四歳と三ヶ月である。

 

 

平成二十五年七月一日


地図

 

©2013 Usen Coosai